大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(ラ)499号 決定

抗告人

甲野太郎

右訴訟代理人

西山明行

小関傳六

平野大

相手方

千葉県

右代表者知事

沼田武

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。千葉地方検察庁は、別紙目録記載の文書を千葉地方裁判所松戸支部に提出せよ。」というものであり、抗告の理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  まず、千葉地方検察庁が別紙目録記載の文書を所持しているか否かについての判断は、左記のとおり補正するほかは、原決定理由説示第三の一(原決定六枚目表八行目から同七枚目表八行目まで)と同一であるから、これを引用する。

原決定六枚目裏一行目から同二行目「自動車のナンバーが割れて」とあるを「被疑者運転車両のナンバーが判明して」と訂正し、同二行目「警察官○○某」の次に「及び同○○○○○」を加え、同七行目「警察官○○○○○作成の捜査報告書、」とあるを「警察官作成の緊急逮捕手続書、」と同七枚目表八行目「認めることはできない。」とあるを「認めるに足りない。」と、それぞれ訂正する。

なお、本件記録によれば、右補正のとおり、警察官○○某作成の捜査報告書は、警察官○○○○○との共同作成にかかるものと認められ、それ以外には同○○○○○作成の捜査報告書なるもの(以下「○○○報告書」という。)の存在を認めるに足りない。

2  そこで、叙上説示のとおりその存在の認められる本件検察庁所持文書(前顕緊急逮捕手続書を含み、○○○報告書を除く。以下「本件捜査書類」という。)が民事訴訟法三一二条三号前段、後段所定の文書に該当するか否かについて検討する。

(一)  本件記録によれば、抗告人(原告)と相手方(被告)間の頭書記載の本案訴訟は、昭和五五年一〇月二〇日午後一時頃、八千代市八千代台北一三丁目○○番○号○○○○ハイツB棟○○○号乙原次郎方居室付近において発生したとされる、被疑者を抗告人とする住居侵入未遂被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)について、抗告人が相手方に対し、(1)(令状によらない逮捕)抗告人が同年一〇月二一日午後三時二〇分頃、相手方の地方公務員である千葉県警察八千代警察署の警察官らに令状によらないで逮捕されたこと、(2)(違法な取調べ)同日午後四時三〇分頃から同日午後六時三〇分頃までの間、抗告人が右警察官らにより自白の強要にわたる取調べを受けたこと、(3)(緊急逮捕の違法性)同日午後六時三〇分頃、抗告人は右警察官らにより緊急逮捕されたが、右逮捕は罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がなく、かつ急速を要する事情もないから、緊急逮捕の要件を欠く違法なものであること、(4)(勾留の違法性)抗告人は同月二三日勾留されたが、右勾留は、先行する違法逮捕を前提とし、かつ右警察官らが収集した誤つた証拠に基づく違法なものであること、(5)(家宅捜索の違法性)抗告人は同月二四日家宅捜索を受けたが、右捜索は被疑事実が存在せず、しかも右警察官らは令状記載の差し押さえるべき物以外の物を持ち去つたので違法であること、を理由として、国家賠償法一条により、無実の抗告人に対する前記の違法な強制捜査に基づき抗告人が受けた損害の賠償を求めるというものである。

(二)  そして、本件記録によれば、抗告人を被疑者とする本件被疑事件が発生したこと、本件捜査書類は、いずれも、抗告人に対する本件被疑事件について、相手方の千葉県警察八千代警察署の司法警察職員並びに千葉地方、区検察庁の検察官が刑事訴訟法及び同規則に基づく捜査の過程で作成(ただし、被害届については乙原次郎作成)した捜査関係書類であつて、本件被疑事件については不起訴処分(起訴猶予)がされていることから、いわゆる不起訴記録の一部として千葉地方検察庁が保管所持しているものと認められ、また、本件捜査書類の作成目的は、刑事訴訟法第二編第一章及び同規則第二編第一章の関係各規定の趣旨等に徴し、いずれも、本件被疑事実並びに被疑者と犯人との同一性の確定・裏付け(ただし、原決定挙示の抗告人の弁解録取書については、被疑者の身柄の処置を決定する一つの資料を得るため、被疑事実や逮捕に関する被疑者の弁解を聴取し記録すること、また、前顕緊急逮捕手続書については、逮捕の日時・場所、逮捕が刑事訴訟法二一〇条所定の要件を充足する適法なものであること、その他緊急逮捕及びその後の手続の立証)にあると認められる。

(三)  ところで、民事訴訟法三一二条三号前段にいう「挙証者の利益のために作成された文書」(以下「三号前段文書」という。)とは、挙証者の利益になるように、その地位、権限、権利を証明し、又は基礎づける目的で作成された文書及びそれに準ずる文書であると解するのが相当である。

しかるところ、本件捜査書類は、前判示の当該文書の性質・作成目的に照らしても、また本件記録につきこれを個別に検討しても、いずれも、いまだ、抗告人の利益のために作成されたものと推認するに足りないので、三号前段文書には当たらないといわなければならない。

次に、前同条三号後段にいう「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書」(以下「三号後段文書」という。)とは、挙証者と所持者との法律関係それ自体ないしはそれに関連ある事項を記載した文書、又は当該法律関係を構成する要件事実が記載された文書を指すものと解すべきところ、挙証者たる抗告人と本件関係捜査機関(文書の所持者たる千葉地方検察庁をふくむ。)との間には、本件被疑事件による捜査法律関係、それにともない抗告人の自由等の権利が右捜査機関により制約されたという法律関係があるものということができるから、本件捜査書類は文書の性質・作成目的等に照らし、三号後段文書に当たると解する余地がある(もつとも、本件記録につき個別的に検討した限りでは、文書の内容は必ずしも明らかではない。)。

3 しかし、本件捜査書類は、いずれも、千葉地方検察庁が不起訴記録の一部として保管所持していることは前叙のとおりであるところ、刑事訴訟法四七条本文には、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。」旨規定されており、右の「訴訟に関する書類」の中には不起訴記録も含まれるものと解されるので、不起訴記録の所持者たる検察庁は、同条ただし書に該当する場合を除き、守秘義務を負うものというべきである。

しかるところ、民事訴訟法三一二条所定の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であつて、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものであり、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号の規定が類推適用されるものと解すべきであるから文書所持者に法定の守秘義務のあるときは、該所持者はその限度で文書の提出義務を負わないものといわなければならない。

もつとも、刑事訴訟法四七条ただし書は、「公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない。」旨を規定しているが、右の公開するか否かの相当性の判断は、被疑者その他捜査協力者及び刑事訴訟関係人らの名誉、プライバシーを保護し、また、刑事裁判開始前に、裁判に対して外部から不当な圧力の加えられることを防止し、刑事司法手続の独立公正を維持しようとする同条の立法趣旨に照らし、書類の内容を把握している当の保管者(本件においては起訴不起訴の権限を独占し、本件被疑事件を管掌する千葉地方検察庁)に委ねられている(また、当該保管者でなければ、当該書類の公開により、訴訟関係人らの名誉、プライバシーを害することになるか否か、刑事裁判に対する不当な圧力を生ずるおそれがあるか否か等を的確に判断し難い。)ものと解されるので、民事訴訟における当事者が、刑事訴訟法四七条所定の「訴訟に関する書類」を利用しようとする場合には、民事訴訟法三一九条に定める文書送付の嘱託により、右書類の保管者に対し任意に裁判所へ提出することを求めるほかないものといわざるをえない。

なお、本件記録によれば、原裁判所の四回にわたる送付嘱託に対し、本件被疑事件の不起訴記録の保管者たる千葉地方検察庁は、不起訴記録のうち、本件被疑事件につき作成された実況見分調書二通、捜索差押許可状二通、捜索差押調書二通、逮捕状請求書一通、逮捕状一通、勾留請求書一通を原裁判所へ送付したが、その余の本件捜査書類については、いずれもその送付を拒否したことが明らかである。

そうとすれば、本件捜査書類については、三号後段文書に該当すると解する余地があること前説示のとおりであるが、本件は書類保管者たる千葉地方検察庁において文書提出義務を負わない場合にあたると解すべきであるから、受訴裁判所及び抗告裁判所において、本件捜査書類の提出を命ずることはできないといわなければならない。

三結論

以上の次第で、抗告人の本件文書提出命令の申立ては、その余の点について判断するまでもなく全部理由がないので却下すべきものであり、結局これと同旨の原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(後藤静思 奥平守男 橋本和夫)

抗告の理由

一 「挙証者の利益のために作成された文書」について

原決定は、その文書が「直接」挙証者の法的地位や権利、権限を証明しまたは基礎づけるため作成されたものと解する、とする。

しかし、民訴法三一二条三号の法意から、「直接」の証明、または基礎づける、というごとき極めて限定した解釈が導かれるとはいゝ得ない。

本件のごとき、証拠の偏在する、しかも公権力の行使の違法性が争われている事案における利益衡量から考えるならば、挙証者に有利に拡大されこそすれ、本決定のような厳格な解釈は、その法意に反するものといえる。仮に「直接」と限定するとしても、本件はこれに該当するものであろう。

なお、原決定は、民訴法三一二条三号前段は、「後日の証拠のために作成されたもの」を含むとする抗告人の主張には何ら答えておらず、この点でも取り消さるべきである。(福岡高等裁判所決定昭和五二年七月一三日高民集三〇巻三号一七五頁)

二 「挙証者と文書の所持者間の法律関係につき作成された文書」について

原決定は、「挙証者と文書の所持者との間に存する法律関係自体を記載したもの及びその法律関係の構成要件事実の全部又は一部を記載したもので、右文書が右法律関係自体の発生、変更、消滅を直接に証明し、或いは、右法律関係を前提としてその発生、変更、消滅の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにする目的のもとに作成されたものであると解するのが相当である。」とする。

右解釈は、前記一同様、本条の法意に反するものである。法律関係それ自体のほか、これに準ずる文書で重要なものを包含すると解するのが妥当である。(東京高等裁判所決定昭和五四年三月一九日判例時報九二七号一九四頁)

仮に原決定の解釈が正しいとしても、本件各文書は、「被疑者という法的地位」を直接明らかにし基礎づけるものにほかならず、本件文書はこれに該当するものである。

三 必要性

本件では、各捜査権限発動時に、一定の捜査資料が前提となつていたものであり、その違法性の有無を明らかにするために、本件各文書が最も正確、適正なものであり、その必要性は多言を要しないものである。

なお、足跡鑑定等調査結果についての証人の証言は雲をつかむような内容であり、右に関する文書の必要性は特に大きい。

目 録

昭和五五年一〇月二〇日、八千代市八千代北一三丁目○○番○号○○○○ハイツB棟○○○号乙原次郎方付近において発生したとされる住居侵入未遂事件につき、原告甲野太郎を被疑者として、千葉県警察八千代警察署及び千葉区検察庁において遂行した捜査手続において作成された左の捜査書類

一 ○○○、○○○○、○○○○○、甲野太郎、乙原次郎の検察官、警察官に対する供述調書

二 原告甲野太郎について実施されたポリグラフ検査結果に関する報告書

三 原告甲野太郎方において行われた捜査差押手続において作成された書類(捜査差押命令、捜索差押調書を除く)

四 原告甲野太郎についての逮捕状請求書及び勾留状請求書に添付された被疑事実を証すべき書類(逮捕状請求書、勾留請求書を除く)

五 前記乙原次郎方において採取された指紋照会結果及び足跡鑑定等調査結果に関する書類

六 警察官○○○○○、同○○○作成にかかる八千代警察署長への捜査報告書、その他前記被疑事件の捜査手続に関して作成された書類

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例